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この国で、女性として生きること

また猛烈な暑さが続いていますが、皆さま、体調にお変わりはありませんか。

お盆目前、またコロナウイルス感染の勢いもまだ強く、街は少し静かな印象です。

そのような時期ですが、私は最近非常に憂慮していることがあります。それは「この国で、女性として生きること」についてです。

7月に、世界経済フォーラム(WEF)が「グローバルジェンダーギャップ指数」という指数を発表しました。これは経済、教育、健康、政治の4分野で男女平等がどれくらい実現できているかを示す指数です。今年度の日本の指数ですが、政治・経済の分野での男女格差が大きく、全体として116位(146カ国中 )、G7の国の中ではいつもながら…最下位でした。

毎年このニュースを聞くたびに、私は絶望するような気持ちでいます。

日本は、女性をとりまく環境が、全然、変わらない・・・

生徒の皆さんと同じ女性として生きている私にとって、こうした状況は本当に辛いものです。私が若い頃に比べて、女性が生きる環境が良くなっているという実感が、それほど無いからです。生徒の皆さんが生きる社会は、もっと女性が無理をしなくても、嫌な思いをしなくても、自然体で生きられる社会であって欲しいと思います。ですが、政治の分野を見ても、経済・ビジネスの分野を見ても、現実は大変で苦しいことだらけです。

・・・

というニュースを見ていた矢先、今度は自分事としてさらにショックを感じることがありました。

私自身が最近、私立学校に関連するある団体の役員を仰せつかることになりました。そのために、その団体の役員として「登記」が必要になり、住民票の提出をしました。(その住民票には旧姓も表記されています。)しかし、法務局の見解は

「女性の(旧姓を使用している人については)この住民票では受け付けられないので、戸籍謄本を提出していただく必要があります」

どうして女性だけが、こうした扱いを受けるのか、同じ法務局が管理している住民票に旧姓も併記されているのに、その書類でさえも受け付けられないというのは、どういうことなのか。論理的な説明が頂きたい。

このようなことが日々続けられているようなこの社会では、女性はいつまでたっても社会のリーダーという立場に立つことに苦痛しか感じられないのではないか、と怒りと絶望を感じました。

この国で、女性として生きることは、楽ではありません。

私自身、嫌というほどそれを感じています。

それでも、この学園の創立者・髙木君先生は

「女性がもっと社会で信頼され・貢献できるように」

と、この学校を創立しました。

明治時代から女性の苦しい立場はあまり変わっていないようにも感じられます。

怒りや悔しさを感じることも多々あります。

でも、それでも、女性はやはり諦めてはいけないのかな・・・と思います。

少なくとも、私は皆さん生徒たちが大人になったときに、性別にかかわらず、自然に生きられる社会になっているように、もう少しできることをして行きたいと、改めて感じました。納得できないことは、たくさんありますが、私たち女性が諦めたら、やはり終わりだとも思うのです。私は諦めません。