教育理念

広く社会で信頼され、役立つ女性に

英理女子学院高等学校の母体である 学校法人 高木学園は、明治時代、福澤諭吉先生(慶應義塾の創立者)に感銘を受けた一人の女性・髙木君(たかぎ きみ)先生によって1908年に創立されました。

福澤先生の「独立自尊」という考え方に共鳴した 髙木君先生は、女性が学び、社会で活躍できる基礎を築く場を創ることに情熱を注ぎました。
そして、社会で信頼され、実際に社会の役に立つ女性を育てる教育を実践しました。

創立から110年以上を経て、校名を英理女子学院高等学校に変更した現在でも、本校では創立者・髙木君先生の教育理念を大切にして、社会で信頼され、役立つ女性を輩出し続けています。

創立者・髙木君先生とは

本校は今から約110年前に女性の創立者・髙木君先生が「女性が学問を身につけて、社会で活躍できるように」と設立した学校です。創立者の教育理念は、110年を経てますます重要性が増しています。これからの社会に役立つ女性を育てる学校として、本校は時代・社会の求める女性を育てることに尽力します。

創立者 学校設立までの熱意

  1. 「女性も学問を身につけて、社会に貢献したい!」
    15歳の時に、横浜の開港記念会館で福澤諭吉先生のお話を聞いた創立者の髙木君先生は、大変感動し、学問の大切さを痛感しました。これからの時代には、女性であっても学んで、社会に役立つ存在になることが必要であると強く思ったのです。
  2. 「私は死んだものと思って学ばせて!」
    君先生の生きた時代には、女性が大学に進学することはきわめて難しいことでした。君先生の両親も当然、「女の子に学問は不要」と考えていました。しかし、何としても学びたいという強い意志を持った君先生は、両親に「私を死んだものと思って、諦めてください」と懇願し、裁縫を学ぶために意気揚々と大学へと進学します。
  3. 「自力で学校を創りたい!」
    大学卒業後、いくつかの学校から先生になりませんかという誘いを受けた君先生でしたが、「自分の力で学校を創ってみたい」と考えて、親類の部屋を借りて小さな裁縫の寺子屋を創りました。その後、生徒数が増え、学校は成長していきました。
  4. 「またゼロからやり直せばいい!」
    順調に成長を続けた高木学園でしたが、関東大震災や戦争の影響で校舎を2度も失うという苦しみにも直面しました。落胆する人々に、「人は皆、裸で生まれてきたのだから、またゼロからやり直せばいい!」と、君先生はつねに前を向いていました。
  5. 「もう一度・・・」
    高木学園の創立50周年を迎え、君先生は精力的に仕事に打ち込みましたが、そんな君先生も最期の時がやってきます。「もう一度・・・」という言葉を遺して、この世に別れを告げました。もう一度、生徒たちが羽ばたいていくのを見たかった、と思っていたのかもしれません。
  6. 「ますます女性の活躍が必要な時代へ」
    創立から114年の時が経ち、創立時の明治の世の中と令和の社会は大きく変わりました。しかし、現在~今後の日本・グローバル社会で、創立者・髙木君先生が考えた「社会で信頼され、役立つ女性」が創立時にもまして必要とされています。創立者の想いを大切に、高木学園では現代の社会で活躍する女性を育てることに力を注いでいます。